大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和43年(ネ)691号 判決

主文

原判決をつぎのとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金五六万二〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年五月一一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

控訴人において金二〇万円の担保を供するときは、第二項に限り、仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金五六万二〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年五月六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、つぎに附加、訂正するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(一)  控訴人の主張

(1)  控訴人が被控訴人に対しシヨベルドーザーを賃貸するに当りシヨベルドーザーを被控訴人の指定する工事現場に運搬する費用は、賃借人である被控訴人において負担する約束であつた。そして、控訴人が被控訴人に対し本訴において請求する運搬料は、昭和三九年四月一二日、被控訴人の工事現場である田島川工事現場より彼杵川工事現場に運搬した費用金一万三〇〇〇円、同月一六日彼杵川工事現場より田島川工事現場に運搬した費用金一万三〇〇〇円の合計金二万六〇〇〇円である。

(2)  控訴人が被控訴人に本件シヨベルドーザーを賃貸するに至つたのは、被控訴人の従業員であつた堤清からの申込みによるものであるが、控訴人は本件以前にも、右堤清からの申込みにより、昭和三八年一二月より同三九年三月下旬頃までの間に、被控訴人の彼杵川および田島川工事に関し、被控訴人に対しシヨベルドーザーを賃貸しており、その間の賃料は五回にわたりいずれも被控訴人宛に直接請求していたところ、被控訴人においても異議なくこれを直接控訴人に支払つて来ていたものである。もし、被控訴人主張の如く、訴外堤清が本件シヨベルドーザーの賃借人であつたのならば、請求書の宛名を堤清に改めさせる等何らかの申出があつて然るべきなのに、そのような事は一度もなかつたのである。

(3)  仮りに、訴外堤清が被控訴人の従業員でなく、下請人であつたとしても、右訴外人は控訴人に対し被控訴人の従業員であり、かつ、被控訴人の代理人である旨を表明しており、被控訴人も、同訴外人を自己の従業員である旨長崎県知事に届出る等して、そのように取扱つて来ており、そのため控訴人は前記の如き事情もあつて、同訴外人を被控訴人の従業員であつて、被控訴人の代理人であると信じたものであつて、控訴人がそう信じたことにつき正当の事由があるから、被控訴人は民法第一〇九条、第一一〇条により、本件賃料等を支払うべき責任がある。

(二)  被控訴人の主張

控訴人の表見代理の主張は否認する。

(三)  証拠(省略)

理由

一  控訴人が建設機械の賃貸等を業とする商人であることは当事者間に争いがなく、被控訴人が土木建設業を営む者であることは、原審および当審における被控訴人代表者本人尋問の結果により明らかである。

二  ところで、控訴人は被控訴人に対し本件シヨベルドーザーを賃貸した旨主張し、被控訴人は右シヨベルドーザーの借主は下請人である訴外堤清である旨主張するので判断するに、成立に争いのない甲第八および同第一二号証、当審における控訴本人尋問の結果により真正に成立したと認められる同第二号証、同証人堤清の証言により真正に成立したと認められる同第五号証の一ないし二八、原審および当審における証人堤清、同中川利喜雄(以上いずれも後記信用しない部分は除く)、同内藤三次の各証言、原審における証人植木孟、同林田一、同田中武治、同横山春吉の各証言、原審および当審における控訴人(但し後記信用しない部分は除く)ならびに被控訴人代表者各本人尋問の結果を総合すると、

(1)  被控訴人は、昭和三八年八月三日、長崎県より、同県東彼杵郡東彼杵町地内の彼杵川災害復旧工事を請負い、さらに同年一〇月七日同県より、同県北高来郡高来町湯江、小江地内の田島川災害復旧助成工事を請負つたものであるが、右両請負工事の実施に当つては、さらに地域を区分して、従来より、被控訴人の常下請をしていた訴外堤清、同植木孟、同林田一らに一括して下請させて、これら工事の施行をしていたこと、

(2)  しかして、右下請人らは、右下請工事を行うにつき、建設機械、運搬用トラツク等の使用、各種資材代や人夫の労務賃の支払など、すべて自己の責任と計算においてその下請工事(被控訴人が県から請負つた工事)を施行すべきものであつたが、被控訴人は従前から、下請人の資力および便宜を考え、下請人が使用した建設機械の使用料、各種資材の購入代金の支払などについては、直接第三者から被控訴人の会計に請求させ、下請金額の範囲内で、被控訴人の方から直接第三者に支払(立替払)い、下請工事完成のときに下請代金と清算する取扱いをなしていたこと、

(3)  訴外堤清は、被控訴人が長崎県より請負つた前記の両復旧工事の一部の一括下請をなして、同工事を行つていたが、同工事の施行上シヨベルドーザーを使用する必要があつたところ、昭和三八年一二月初頃、当時、前記彼杵川復旧工事に関し、同県より訴外岩野組が請負つた工事現場のブルドーザー作業のため現場に来ていた控訴人のブルドーザー作業員である訴外中川利喜雄に対し、岩野組の作業の終り次第、平山組の仕事をしてほしい旨述べてシヨベルドーザーの賃借方を申込んで来たので、控訴人は右堤清が被控訴人現場責任者であるものと信じ、これを承諾し、ここに控訴人と右堤清との間において、被控訴人をその賃借人として、シヨベルドーザー一台を、一時間当りの賃料金二、八〇〇円(昭和三九年三月からは金三、〇〇〇円となる)、工事現場移動に伴うシヨベルドーザーの運搬料は賃借人の負担とする、料金は毎月二五日締切り翌月一〇日払とする旨の賃貸借契約を締結した。かくして、控訴人は、昭和三八年一二月九日頃から同三九年四月二五日までの間被控訴人が長崎県より請負つた前記両災害復旧工事のために訴外堤清の指示に従い、その都度シヨベルドーザーを賃貸し、その指定の現場で、これを稼働させたものであること、

(4)  その間、控訴人は右賃貸借契約に基くシヨベルドーザーの稼働時間を明確にするため、毎日、シヨベルドーザーの稼働時間証明書の貸借人の係員欄に、右堤清の証明印を押してもらい、毎月末頃、当月分の賃料を計算して、被控訴人宛請求書を作成し、これに、右稼働時間証明書を添えて被控訴人に提出して、被控訴人に対し同シヨベルドーザーの賃料等を請求していたところ、被控訴人においても異議なくその請求に応じて昭和三九年三月二五日(同月二六日請求分)までの賃料の支払をなしていたこと、

(5)  そこで、控訴人は引続き、昭和三九年三月二六日から同年四月五日までの間、前同様に、前記両災害復旧工事のためシヨベルドーザーを賃貸稼働させ、その間の賃料は金六七万八、〇〇〇円(二二六時間分)、運搬費用は計金二万六〇〇〇円となつたところ、同年五月上旬頃に至り、被控訴人において本件シヨベルドーザーの賃借人は訴外堤であり、同堤に対する立替金が同人の下請金額を超過するとして、その支払を拒絶するにいたつたこと、

が認められ、原審および当審における証人堤清同中川利喜雄の各証言ならびに控訴本人尋問の結果および甲第四号証中、前記認定に反する部分はにわかに措信し難く、原審における証人井手幸雄、同橋本誠の証言、原審および当審における証人奥平義巳の各証言も前記認定を動かす資料とするには足らず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

以上に認定した事実を総合して考えるとき、控訴人と本件シヨベルドーザーの賃貸借契約締結の衝に当つたのは訴外堤清であつて、同訴外人が被控訴人の代理人としてなしたものであるが同訴外人は、被控訴人の下請人であつたのであつて、同訴外人において、本件賃貸借契約締結につき、被控訴人を代理する権限を有していたと認めることはできないので、本件シヨベルドーザーの賃借人が被控訴人であつたとする控訴人の主張は理由がない。

三  そこで、控訴人の表見代理の主張について判断する。

成立に争いのない甲第六、第七、第一〇、第一一号証、同第一三ないし第一七号証、原審における証人井手幸雄、同橋本誠、同田中武治、同植木孟の各証言、原審および当審における証人堤清、同中川利喜雄、同奥平義巳、同内藤三次の各証言、原審および当審における控訴人本人ならびに被控訴人代表者本人尋問の結果を総合すると、

(1)  被控訴人は、昭和二七年頃から、自己が請負つた土木工事につき、前記の如く訴外堤清、同植木孟、同林田一らを常傭の下請人として使用し、従前から被控訴会社の組織の一部であるかの如き「平山組堤班」、「平山組植木班」等の名称を使用させて、被控訴人が請負つた請負工事を施行させていたが、被控訴人が長崎県より請負つた前記両災害復旧工事については、その契約文言上一括下請が禁止され、特に一括下請に付する場合には県の承認を受ける必要があつたところ、被控訴人においては、前記のように訴外堤らに同工事の下請をさせることは、右下請禁止の条項に違反するおそれがあつたため、これを潜脱するために、右下請人らの工事も恰も被控訴人の直営工事であるかの如く装い、長崎県に対し、前記の下請人らを被控訴人の従業員であるとして、それらの者を同工事に関する被控訴人の現場代理人として届出ていたこと、

(2)  訴外堤清は前記の如く、昭和二七年頃から被控訴人の常傭の下請人として、被控訴人が請負つた土木工事の下請をなすにつき「平山組堤班」の名称を常用しており、下請工事のために使用する同訴外人所有のトラツクの車体にも「平山組堤班」とペンキで表示し、第三者と取引をするについても同様の名称を使用していたこと、そして、被控訴人は訴外堤が右の如き「平山組堤班」なる名称および表示を使用していることを知りながらこれを禁止せず、これを黙認していたこと、

(3)  控訴人は、本件賃貸借契約締結の際「平山組堤班」をもつて、被控訴人の営業組織の一部であり、堤清はその現場の責任者であつて、被控訴人を代理する権限があるものと信じていて、被控訴人に本件シヨベルドーザーを賃貸する意思で本件賃貸借契約を締結したものであること、

が認められ、原審および当審における被控訴人代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の事実と前記二において認定した事実

就中、被控訴人が長崎県より請負つた本件両工事につき、訴外堤清らに下請させながら、恰も直営で工事をなしているかの如く装い、下請人らを、被控訴人の従業員の如くして、現場代理人として同県に届出ていたこと、訴外堤清は、十年来、被控訴人の常傭の下請人として、被控訴人が請負つた工事を行うにつき「平山組堤班」の名称を常用し、その工事に使用する同訴外所有のトラツクにも「平山組堤班」と表示し、工事材料等を購入する際にも「平山組堤班」の名称で取引をなしており、一方控訴人は訴外堤が右の如き名称を使用、表示していることを知つていながらこれを黙認し、かつ同訴外人が「平山組堤班」の名称で取引した取引代金の支払いについても、第三者からの被控訴人あての直接の請求に異議なく応じ、直接、被控訴人からこれを支払つて来ていたこと、そして、本件において控訴人は同訴外人の指示に従い昭和三八年一二月九日以降被控訴人が請負つた工事のためシヨベルドーザーを賃貸稼働せしめて来ていたものであるが、その間、毎月末頃賃料を計算し、直接、被控訴人あての請求書を被控訴人に差出して、被控訴人に対し賃料を請求していたのに、被控訴人において異議なくこれを支払つて来ていたこと、そこで、控訴人においては、昭和三九年三月二七日以降においても引続き、同訴外人の指示に基き被控訴人を借主と考え本件シヨベルドーザーを前記災害復旧工事のため賃貸稼働させたこと等の事実を総合して考えるとき、控訴人が、外形上、訴外堤を独立した第三者ではなく、被控訴人の現場責任者であつて、その代理人であると解したことは無理からぬところであるといわなければならず、したがつて被控訴人は同訴外人を自己のため取引する権限ある代理人であるかの如く表示し、もつて、同訴外人のする取引が自己のためにする取引であるかの如き外形を作り出したものといわなければならないのでこの外形を信頼して取引をなした第三者に対し、民法第一〇九条に基き自ら責に任ずべきものといわなければならない。しかして、前記認定の事情からするとき、控訴人が訴外堤清を被控訴人の代理人であると信じたことにつき正当な事由があつたというべきであるから、被控訴人は控訴人に対し、民法第一〇九条に基き、本件シヨベルドーザーの賃料、運搬料等を支払うべき義務があるものといわなければならない。

四  そこで、被控訴人の時効の抗弁につき判断するに、民法第一七四条第五号において動産の損料を、一年の短期消滅時効にかからしめた立法の趣旨より考えるとき、右動産の損料とは、貸寝具、貸衣裳、貸本、貸葬具、貸ボート等の如き極めて短期間に弁済され決済されるべき極めて短期の動産賃貸借に基く賃料をいうものというべきである。けだし、かかる賃料は、その弁済につき特に領収書等を授受しないのを通常とするため、特に短期の時効に服さしめて、その権利関係を短期間に決着させることにより、将来の紛争を防止せんとする法意であるからである。

したがつて、本件の如く、土木建設用の重機械であるシヨベルドーザーを、営業のため、数ケ月にわたり、毎月二五日締切り翌月一〇日払の約定で賃借した場合におけるシヨベルドーザーの賃料のようなものは、右民法第一七四条第五号にいう動産の損料には該当しないものというべきである(大判昭和一〇年七月一一日民集一四巻一四二一頁参照)。そうすると、本件は一般の商事債権としての消滅時効にかかるべきところ、控訴人が本件訴を提起した昭和四二年五月一〇日までには、未だ同時効期間を経過していないこと明らかであるので、被控訴人の右時効の抗弁は採用できない。

五  以上のとおりであるので、被控訴人は、控訴人に対し、本件シヨベルドーザーの賃料およびその運搬料の合計金七〇万四〇〇〇円(昭和三九年三月二七日から同年四月二五日までの分)の残金五六万二、〇〇〇円およびその最終の弁済期日の翌日である昭和三九年五月一一日以降完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべく、したがつて控訴人の本訴請求は右の限度において正当であるのでこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

六  そうすると、控訴人の本件控訴は一部理由があるので、原判決を右の限度において変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条但し書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例